いい天気だった

 

今日は比較的早くに朝起きたものの、何もやる気が起きず、徒然にタバコを吸いながら、換気扇の下で、しばらく音楽を聞いていた。せっかく、コーヒーを淹れたのに、飲もうとしたら、もうほとんど冷めていた。重い腰を上げ、洗面と、歯磨きをすませると、もうそれだけで、一日の力を使い切った気がして、すぐに、ベットに横になってしまった。窓の外のいい天気をぼんやりと眺めても、やはり、何もやる気が湧いてこず、軽く目をつぶって、音楽を聞き続けた。

 

 

 

 

そのまま小一時間、ダラダラしていたら、急に空腹を覚えた。しかし、それだけでは立ち上がる気力が出ず、仕方なく、タバコを吸いにいく、という二つ目の口実を作って、ベットにへばりついた体を持ち上げた。タバコを吸い終え、冷蔵庫から、昨日の冷や飯を取り出し、レンジへ投げ入れた。何かおかずになるようなものはないかと、冷蔵庫と棚の中を探ってみると、お茶漬けの素と、ハムがあった。もう、なんでもいいと思った。

 

 

 

 

美味くも不味くもない飯を食い終え、また一服。そしてそれを終えると、また、ベットにごろり。今日はダメだな。と思った。昨日もそう思った。

 

 

 

 

横になりながら、外の景色をぼんやりと眺めていた。四月も終わり、もう五月だ。生ぬるかった日差しが少しだけ熱を帯び始めた。虫が鳴き、葉が色づいて、空がやたらと青い。外に出れば、ティシャツ一枚で快適に過ごせる。実に過ごしやすい季節のはずなのに、俺は、五月が大っ嫌いだ。何もやる気が起きないのに、景色だけが、せわしなく、眩しくて、いつも取り残されたような気分になる。

 

 

 

 

しばらくそうやって、外の景色を眺めていたら、なんだか、急にやる気が湧いてきた。外に行きたいと思った。そうだ、近くの公園にお散歩に行こう。ついでに、ギターを弾こう。青空の下で弾くギターほど気持ちの良いものはない。

 

 

 

 

先刻までの怠惰が嘘のように、俺は超特急で支度を整えた。椅子ににかかっていた、黒スキニーを履いて、シャツに袖を通した。取っ手がぶっ壊れてるギターケースを背負い込んで、ポケットにカポとタバコとライターを突っ込んだ。最後に、これまたぶっ壊れてる青のクロックスをつっかけて、外に出た。天上に浮かぶ五月の空は、窓越しに見えていたものより、何倍も鮮明で、何倍も俺の背中を押した。

 

 

 

 

公園に到着すると、お気に入りの場所に向かった。そこは、俺がいつもギターを弾いている場所で、少し小高いところにあり、人があまりこない、木陰だ。その場所に着くと、いきなり、遠くから、サッカーボールが転がってきた。俺は、弱々しく、あんちゃんに蹴り返した。ボールを蹴ったその一瞬、高校の時の思い出が、駆け巡った気がした。あんちゃんは、小さな声で、「ありがとうございます」と言った。浅く日焼けした顔が、なんとも若々しかった。

 

 

 

 

クリーミーとか、ヘルシンキの曲を歌った。周りには、人が数人いたが、俺は構わず、歌った。ヘルシンキのタイムタイムタイムは歴史に残る名曲だ。なんで人気が出ないのか不思議で仕方ない。「君は変わったことにも気づかなくて、次第に思い出せないことが多くなって」。本当にその通りだよ。

 

 

 

 

一通り十八番を歌い終えたので、少し休憩することにした。せせらぎの中、タバコを一息吸うと、なんとも、清々しい気分になった。次は何を歌おうかと思った。なんでかはよくわからないが、パッと天体観測が浮かんだ。歌ったことはなかったので、コード進行を調べ、その場で練習し始めた。ブリッジミュートで始まる爽快な出だしが、最高に気持ちよくて、浮遊感のあるbメロから、一気に力強いサビに向かっていく。なんだか、今日の気分にぴったりな曲だった。目の前にいたおばちゃんが太極拳を始め、俺の歌に合わせて踊り出した。前を通りかかったチャラいカップルの女が「懐かしい」と言った。遠くでボールを蹴りあっていちゃついてるカップルの声が、気のせいか、よりいっそ楽しげになった。俺の音に合わせて、みんなが、動いてるみたいだった。

 

 

 

 

「見えないものを見ようとして、望遠鏡を覗き込んだ。静寂を切り裂いていくつもの声が生まれたよ。明日が僕らを呼んだって、返事もろくにしなかった」

 

 

 

 

 

今日は本当にいい天気だった。

 

 


 

 https://youtu.be/Yf4SZo82R9Q