アジフライ

 

いつもより早めに布団に入ったことが、かえって、悪かったようで、浅い眠りを繰り返し、結局、意識を失ったのは、夜中の3時を回っていた。

 

 

 

 

5時半、アラームで目がさめる。頭がぼやけ、体は重い。緊急事態の最中、日曜の早朝に、埼玉からやってきて、彼らは、一体俺を、どこに連れて行ってくれるのだろうか。窓の外で、小鳥が泣いていた。

 

 

 

外に出ると、見慣れた、白のジープが止まっていた。助手席のドアを開けると、ほっかと泉田は、半笑いで俺の顔をまじまじと眺めるだけで、何も言わない。どうせ、こいつらは、また、俺が最初に何を言うのか予想でもしているのだろうと思った。しばし、間を取った後で、「俺、今日金ないよ」と言うと、二人は、吹き出すように笑った。

 

 

 

 

 

アニメ映画を見終えると、ほっかはサイドブレーキをあげ、ジープを走らせ始めた。「この映画、全然面白くなかった」と慣れた手つきでギアを変えながら、ほっかは嘆く。白い街並みの奥に、朝日が見えた。

 

 

 

 

後部座席に、女の人が乗っていることなど、御構い無しに、俺とホッカは、熱いAV談義を繰り広げた。日曜の朝っぱらから、俺たちは、一体、何を喋っているのだろう。泉田は、半ば呆れていた。

 

 

 

 

 

レズものは苦手、着衣ものは最高、乳首は効かない、などと言っていたら、あっという間に目的地の、アジフライのお店に着いた。俺は、朝早く起きて、アジフライを食べにきたのたのか、そう思うと、なんだか、すごく損したような気持ちになった。千葉南東の、海辺にある、小さな定食屋だった。8時20分。

 

 

 

 

 

アジフライ定食を三つ頼む。泉田が、朝のテレビニュースを見ながら、「医療が発達しているから、人類は生き延びるけど、このままだと、劣勢遺伝子が淘汰されていくと思わない」と言った。泉田というのは、見た目は、パイオツのでかいthe JDといった感じで、要領がよく、人付き合いも上手いのに、たまに、こうして、小難しいことを平気で言ってくる。要するに、変なやつなのだ。ほっかが、「黙れ」と言った。

 

 

 

 

 

運ばれてきたアジフライ定食は、質素だが、ボリュームがあり、実に、美味しそうであった。まず、初めに、味噌汁を啜った。白味噌のまろやかな深みが、乾いた体に、沁みた。

 

 

 

 

肝心のアジフライが薄くて、少し、がっかりであったが、それ以外は、丙種合格であった。本当に金がない俺は、泉田に奢ってもらった。また、ジープを走らせる。

 

 

 

 

ほっかは、目鼻立ちがはっきりしていて、身長も高く、ガタイもいい。一見すると、ハーフのようで、笑うと、白い歯が光る爽やかな好青年である。高校のサッカー部で、知り合い、それ以来、ずっと交流が続いている。お互い、道外の大学に行ったことで、今も、たまにこうして、ドライブに行く。二枚目なのだが、バカというか、単純というか、融通が効かないというか、自分を着飾ることができず、どこか、子供っぽいところがある。要するに、こいつも、少し変わっているのだ。

 

 

 

 

 

人気のない、神社に着くと、ほっかは、道の脇にジープを停めた。どうやら、これから、ハイキングをするらしい。アジフライがまだ消化されておらず、俺は、全く、ハイキングなどしたい気分ではなかったが、ほっかが、ノリノリなので、そんなこと、言うに言えず、渋々、車を降りた。こいつは、昔から、運動が大好きで、健康志向なのだ。子供っぽいのに、ジジくさいところがある。鳥居の横には、飯縄寺と書かれた、木板があった。

 

 

 

 

 

境内には誰もおらず、虫と風の音だけが、ささやいていた。石道の先に、社殿があり、その横には、小さな池があった。賽銭箱の上には、二体の天狗の顔の像があり、赤と青の、べっとりとした色といい、頭に生えている髪の毛の、リアルさといい、なんとも、不思議な魔力と、威圧感があった。俺は、しばし、その不思議な、二体の像に見とれていた。ほっかは、全く興味なしと言った感じで、大きなあくびをしていた。

 

 

 

 

参拝を終えた後、海に向かって、歩き始めた。田園の横を抜けると、山道に入り、緩い坂を登って行った。途中、通りかかった、おばさんが、「富士山見えるわよ」と教えてくれた。確かに、富士山の白い頭が、遠くに見えた。空を見上げると、雲ひとつない、快晴であった。風が強く、いかにも、春といった、陽気だがどこか、寂しい天気だった。

 

 

 

 

 

坂道を終えると、急に視界が開け、柵の向こうには、荒れた太平洋があった。傍らには、灯台が建っており、海に沿った、ジグザグの地形が、はっきりと見えた。海を見ながら、喋っていると、おじさんが、「お茶でも飲んで行きなさい」と声をかけてきた。とれたてのタケノコと、熱いお茶をご馳走になった。空き缶を改造して作った風車が、潮風に揺れて、回っていた。隣に座っていた、85歳のおじいちゃんが、「これは、俺が作ったんだ。これは、俺しか作れねぇんだ。ユーチューブにアップしているから」と言った。俺は、「こんなの、誰が見るんだよ」と口を滑らせてしまったが、おじいちゃんには、多分聞こえてなかったのだろう、「俺、フェイスブックもやってんだ」とまくし立てた。すごい時代になったのものだ。

 

 

 

 

老人たちに、礼を述べ、席を立つ。坂を下り、岸辺を歩く。こんな荒れた海だといのに、サーファーがたくさんいた。高校時代の話になり、泉田に、昔の俺はどんな感じだったと聞くと、「ようさん(俺のあだ名)は、悶々としていた。一人で思いつめていた」と言った。「私は、その人の色が見えるけど、ようさんは、灰色だった。保科君はオレンジだね」。高校時代の俺は、自他共に認める、ルサンチマンを抱えた青年だったのだろう。休み時間、和式便所にこもって、Smashing Pumpkinsを聴きながら、冷たい弁当を食べていた、あの時を思い出すと、急に腹が痛くなってきた。「でも、今は、なんか、やっと解放されたって感じ」。潮の香りが鬱陶しかった。

 

 

 

 

ケーズデンキでクソをした後、車に戻る。どうやら、次は、公園をハイキングするらしい。俺は、足が痛かったが、なんだか、清々しい気持ちになっており、まだ、歩ける気がした。

 

 

 

 

 

森の中にある公園を歩きながら、恋愛の話をした。どうやら、ほっかは、中学生の頃から、好きな人がいて、一度付き合って、一ヶ月で振られたのだが、まだ、諦めきれないらしい。「マジで可愛いから」。俺と泉田のハードルは、跳ね上がっていった。

 

 

 

 

3人で、回転ジャングルジムで遊ぶ。軋んだ音を立てながら、カラフルな遊具は回った。大人3人が、遊ぶものではないなと思いながら、息を切らしていると、ブランコに乗っていた、小学生の男女の、「後でキスしてあげる」、「え〜本当に〜」という、随分とませた会話が聞こえてきた。ブランコを立ち漕ぎする女の子のパンツが丸見えだった。

 

 

 

 

 

公園の奥の、ベンチに座り、一息ついた。ほっかが、中学生の頃から好きだという人の、写真を見せてくれた。決して醜女ではないが、めちゃくちゃ綺麗というわけでもなく、甘くつけて、74点と言ったところの、女であった。ほっかが、自分でハードルを上げるから悪いのだ。俺は、少しがっかりした。

 

 

 

 

俺の家に帰り、夜飯までの時間を潰す。恋には、2種類ある、瞬間的に好きになるもののと、漸次的に好きになっていくもの。両者にはメリットデメリットがあり、どちらがいいのかは定められないが、ドキドキが大きいのは、瞬間的に恋に落ちるものだという、結論に至った。男はたいてい、岡惚れだ。

 

 

 

どこの店も閉まっており、仕方なく、サイゼリヤで飯を食う。あいカップだという、泉田のお母さんの写真を見たり、お互いの兄弟の写真を見たりする。ここでも金がない俺は、ほっかに奢ってもらう。街灯の下、手を振って、ジープを見送った。