秋に落ちていく

 

柔らかい太陽の光が地面に落ちていた。いつの間にか夏が過ぎ去り、季節の色が変わっていた。秋はいつも、落ちていく。汚れたスニーカーでくしゃくしゃになった落ち葉を踏みつけた。冷たい風が顔に吹き付けて、顔をすくめた。春は来る、夏は過ぎる、秋は落ちていく。

 

 

アプリで知り合った女性と初めて会う。不思議と緊張はなかった。電車に揺られながら静かな音楽を聞いていた。

 

 

改札を出て、黄色の服を着た女性を探した。この駅はいつも外人でごった返している。スマホ片手に、少し不安そうな顔を浮かべながら、辺りをキョロキョロしている女性がいた。一目でわかった。写真の女性だった。声をかけた。女性は少し頬を緩ませて、会釈した。秋に溶け込みそうな穏やかな黄色の服だった。

 

 

ヒールのコツコツという乾いた音が秋の空気を震わせる。歩くスピード早いですか?と聞くと、女性は「これが限界です」と言って笑った。少し速度を落として、ゆっくりと言葉を探していく。目的地の洋食屋まではまだ距離がある。「北海道って、訛りとかあるんですか?」。なまらあるで!と思いながら、「いや〜そんなないですね〜」と真っ赤な嘘をついた。いっそのこと東京生まれ東京育ち生粋の江戸っ子という設定にして、べらんめえ口調で喋ればよかったかもしれない。てやんでい!何が北海道弁なのかも、もう忘れてしまった。

 

 

小洒落た洋食屋のカウンターに座って、オムライスを注文した。1200円の割には正直、味は普通だったが、この際そんなことはどうでも良い。ネジが外れたキチガイということがバレないように、極力自分のことは喋らず相手に話題を振った。友達から見てどんな性格と言われることが多いですか?という堅い質問をしてしまい、「面接ですか笑」と笑われた。「理系の人って、研究室が大変って聞きますけど、どうでした?」。封印したはずの記憶の引き出しが開いて、色々な思い出が蘇ってきた。その全てを飲み込んで、「特に何もなかったですね。強いて言えば、人との関わり方を忘れました」と答ええた。女性は、少し、顔を顰めながらも笑ってくれた。

 

 

このくらいの出費、痛くもかゆくもないですよ〜とカッコつけた顔で、スマートに会計を済ませ店を出る。「お腹いっぱい」と言いながら、手持ち無沙汰にスプーンを動かす、その打算的なのかナチュラルなのか判別つかぬ動作に、少し可愛らしさを覚えた。

 

 

俺は飯を食ったら帰るつもりだったが、女性が「おまつりやってるんで行ってみません?」と言ってくれた。断る理由もなく、連れ立ってまた歩き出した。いつもより少しゆっくりのスピードで。いつもより少しおしゃれな格好で。今日初めて会った人と慣れない街を歩いていた。

 

 

屋台を歩き回っていたらいつの間にか、人気のない場所にでた。「ちょっとあそこのぼってみません?」。女性はヒールで、ボロボロの苔の生えた階段を登っていく。小高い丘の上は景色がひらけていて、歩いて来た街を見下ろせた。「思ったより綺麗な景色じゃない」。そう言って二人で笑った。どの口が言ってんねんという感じだが、変な人だな〜と、そう思った。その時、初めて、真正面から女性の顔を見た。冷たい秋の空と賑やか街並みを後ろ背に、黄色が似合うその女性は柔らかに笑っていた。汚れたスニーカーでくしゃくしゃになった落ち葉を踏みつけながら、胸の高鳴りを誤魔化した。秋はいつも落ちていく。人はいつも秋に落ちていく。

 

 

 

そのあと、喫茶店で軽くお茶をして解散した。家に帰り、お礼の連絡を入れようとラインを開くと、先に女性から連絡が来た。秋に落ちた。部屋には冷たい隙間風が吹いていた。

 

 

 

おわり。