ハードボイルド

 

吸殻で溢れかえったマグカップに、そっと灰を落とし、汚れた換気扇に向かって、薄い紫煙を吐き伸ばす。何もやることがなく、煙草を吸い続けるだけの休日。窓の向こう側では、7日分の洗濯物が秋晴れの陽気を目一杯に受け止めながらゆらゆらと揺れている。芳香剤の液が、少なくなっていく、虫を潰した天井の跡、ホコリかぶったエレキギター、ミートソースで汚れた白い皿、ラバーソウルに差した栞。

 

 

 

読み終えた小説を本棚にしまい、溜まったホコリを指でなぞった。ロクな本を読んでいないなと思った。人を殴るか、蹴るか、殺すか、自殺するか、デカダンスも甚だしい、辛気臭い本棚、今にも、涙を流しながら、「酒をくれ」と言い出しそうな、そんな本棚。溜まったホコリを指でなぞって、檸檬を開けば、比喩ではなく、本当に「古い時代」の匂いがして。

 

 

 

新しい暇つぶしを探しに、青と黄色の古本屋にに行く。うんこ座りをしたり、爪先立ちをしたり、110円コーナで、一人血眼になって、まるで、落としたコンタクトを探すかのように、背表紙の「あいうえお」を降りていく。お目当の本を見つけ、意気揚々としていたら、思わぬ、副産物を見つける。江戸川乱歩の陰獣である。この「変態キモハゲ親父」の書く、グロエロの蠱惑的な世界が好きで、昔、いくつか短編を読んだ。一番印象に残っているのは人間椅子かもしれない。陰獣は、今ままで気になっていたが、見かけたことがなかった。明らかに、他の古本とは一線を画す、そのくすんだ陰獣をを手に取り開くと、中には前の持ち主がびっしりと赤鉛筆で、書き込みをしていた。学習参考書ではよくあることだが、小説では中々珍しい、偏執的なオタクか、大学教授か。。。本当にひどい匂いだったが、レジに向かう。前任者の心の翳りに思いを馳せながらページをめくるのも悪くない。

 

 

 

カントリーマームをかじりながら、早速、陰獣でない方の古本を開く。ジェイムズクラムリーの「さらば甘き口づけ」。まるで官能小説のようなタイトルだが、れっきとしたハードボイルドである。海外文学は、たまに無性に読みたくなる。どこか冷たく乾いていて、独特の言い回しや、セリフが好きだ。無骨な男たちが、銃をぶっ放していれば、それだけでいいんだよ。犯人探しや、メロドラマは二の次で、とにかく、孤独な男を書いてくれるハードボイルドは、一種完成された文学ジャンルであると思う。イケメンにはなれなくとも、過去を持った、格好良い男になりたいものである。