2022/6/3

 

夕立の中、傘をさし便所へ。実験室にはトイレがなく、用をたすには一旦外に出て、隣の建屋に行かなければならない。眠気と疲労が蓄積し、全身がどんよりと重かった。珈琲と油が混ざったような匂いの不健康な尿が、真っ白な便器に迸る。軽く手を洗い、もうかれこれ一年以上洗っていない泥や燃料がべったりと染み付いた作業着の袖で、水気を落とす。

 

片付けを済ませ、少し早めに帰路につく。雨上がりの薄ら寒い道、写真を取りながら、タコのようにくっつき、微笑見合うアベック達を、後ろから呆然と眺めていた。どうしようもない嫉妬と、負け惜しみからくる呪詛の念をこれでもかと唱えてやった。ぐちゃぐちゃに潰れて死んでしまえ、と。籠が根こそぎ取れたママチャリを猛スピード走らせ、長い坂道を登っていく。この坂道を越えれば、あと少しで家につく。

 

帰宅したのち、カバンに詰めた食料を冷蔵庫に放り投げ、手も洗わずに、立て続け煙草を三本吸う。しばし呆然としたのち、服を脱ぎ捨て、自分の脇の臭いに辟易としながら、シャワーを浴びる。焼うどんと卵かけご飯を豚のようにかっくらい、またぞろ、タバコをふかす。そこでようやく、スイッチが切れたと見え、全身にえも言わぬ、虚脱感が駆け巡った。盛大なげっぷと放屁で廃人的レクリエーションを締めくくり、机に向かう。西村賢太著、「やまいだれの歌」を貪るように読む。やはり、、面白すぎる。格が違う。卒業もしてないくせに、もしくは、文系などという下等民族のくせに、さも自分はエリートだと思い込んでいるような、けったくそ悪いカスインテリどもが書く、表紙だけ飾り立てた中身のない本、最後まで読んだところで何も残らない本、、などとは比べ物にならない。もうかれこれ10年以上読み続けているのに、全く飽きがこない。そしてこれ以上の小説家に未だ出会わない。死んでしまったのが本当に惜しい。改めてそう思った。もう彼の新作を読めないと思うと、なんとも寂しくて寂しくてたまらない。カーテンをなびかせる夜風が、ひんやりと柔らかく、暗い部屋を吹き抜けていく。使い古した栞がそっと揺れ、惜しみつつも、最後のページをめくる。