箱庭

 

実験計画の打ち合わせをするために、教授の部屋に向かった。ノックをし、返事を確認した後、静かにドアを開けると、老眼鏡をかけた教授は、画面が何個もあるパソコンに向かって、カタカタとキーボードを叩いていた。

 

 

 

天井まで届くような勢いで積み重なった有象無象の書籍、棚いっぱいに並べられた資料、机に散らかった英語の論文、着替えや、空き缶、そして、コーヒーの匂い。日差しを目一杯に吸い込んだその雑多な部屋は、その教授の、これまでの「時間」と、圧倒的な「知識」を物語るのに十分だった。

 

 

 

寝不足で、全然、頭に話が入ってこず、「あぁ」と「はい」という最高に美しい日本語を狂ったように用いながら、6階の窓に広がる6月の青い空を見つめていた。「君、メモ取ってないけど大丈夫」と言われ、慌ててカバンからノートを取り出したが、エンタルピーだとか、流量関数だとかいう、身に覚えのない計算式と、空虚なギリシャ文字の羅列で、青いノートはびっしりと埋まっており、なんで俺はこんなものをカバンに入れているのかと、ふと疑問に思いながら、少しだけ空いたスペースに、「お昼寝がしたい」と書き込んだ。

 

 

 

 

その後1時間みっちりオジさんとおしゃべりした後、くたびれた体と、弱音ばかりの心をひきづって、風俗嬢はエレベータに乗り込んだ。エレベータの中には大きな鏡があったが、とんでもない顔をしている自信しかなかったので、風俗嬢は見なかった。1Fと書かれたボタンを押し込んだ。風俗嬢は、ゆらゆらと落ちていく無機質な箱庭の中で、ただ呆然と、遠い遠い景色を見ていた。このまま、地獄に落ちていけばいいと思った。悪いことなら、もう十分したし、これから、良いことをする予定もなかった。

 

 

 

無事エレベータは、地表という名の生き地獄に到着し、太陽の光と乾いた土をロンパリ気味に睨みながら、ママチャリの鍵を錆びた胴体に差し込んだ。

 

 

 

家に帰ってきて、すぐにタバコを一本ふかした。点々照り返る夏の昼間に吸うタバコほどまずいものはない。納豆のカスと、カップ麺の残滓が散らかった排水溝を見たら、クソほどの食欲もなくなったが、この後の作業を考えて、実家から送られてきた天ぷらカップそばに渋々お湯を注いだ。一人で飯を食っている時が、一番悲しくなる。そんなものが毎日3回もあるって考えると、ゾッとする。そんなことを考えながら、麺をすする。

 

 

 

 

 

いつも隣で虎視眈眈と坦々麺をすすっていた友達は、紫色の花が好きだった。

 

 

 

 

 

 

もう一回、学校に行って、作業を少しやって、夜、家に帰ってきて、そのまま、手も洗わずに玄関でエロビデオを見て、5分で果てて、4日前に送られてきた、「お前がしこってる映像を撮った、お前の携帯をジャックした、この映像を連絡先に送られたくなかったら、以下の口座に10万入れろ」という趣の詐欺メールのことを思い出した。

 

 

 

 

水道水でメタメタに薄めたファブリー