メイド

 

社会人になった笹尾くんは、なにも変わっていなかった。といっても、最後に会ってから、二ヶ月しか経っていないのだから、当たり前と言えば、当たり前である。秋に社会人になった笹くんは一癖も二癖もある人間なのだが、彼に関しては、他にまた書こうと思う。手土産に、煙草を1カートンもらった。アメスピの黄色。千鳥の大吾が吸っているやつだ。若干不味いが、バカみたいに火持ちがよく、コスパ的には最高の煙草である。だが、やはり不味い。。。。今度はキャスターにしてくれ。

 

 

次の日に、二人で秋葉原に行った。笹尾くんの提案で、メイド喫茶に行くことになったのだが、二人とも、そんな場所に行ったことあるわけがなく、なにを基準に店を選べば良いかわからない。通りを歩く人々は、いかにも、オタク風の奴らばかりで、自分のことは一旦棚に上げておくとして、甚だ気色がわるかった。駅のトイレから、手をびしょびしょにしたメガネ少年が出てきた時は、二人して爆笑した。どこを見渡しても、デブハゲチビメガネなのである。そんな中、街頭で客引きをするメイドのお姉さんたちは、一際輝いて見えた。安っぽい言い草だが、まるで、アニメの中から出てきたキャラクターのように見えた。

 

 

さすがに歩き疲れてもきたので、なんとなく選んだ店に入る。薄暗く狭っ苦しいエレベータはやけに緊張を煽った。扉が開くと、そこには、当たり前だが、メイド姿のお姉さんがいた。消毒と検温をすませると、お姉さんの営業スイッチが入ったのか、「このカーテンの先は、ホワイトクロスロードの世界、どんなに現実で嫌なことがあっても、ここいる間は忘れてね」などと、ある種のおまじないのようなものをかけられた。この、いきなりの、「ギアチェンジ」に些か、面を食らったが、このお姉さんだって、嫌なことの一つや二つはあるのだろうと思うと、スカした態度はできなかった。

 

 

女の人にしては、背が高い方で、髪は長くも短くもない。目尻の独特な、悪く言えば、メンヘラ風のメイクが印象的だった。だが、喋り方はとても誠実で、非常に好感を持った。好きな音楽、映画やゲーム、小説などの話をする。行く前に、「お前、しっかり喋らなきゃダメだぞ」とやけに偉そうに言っていた笹尾くんが、俺よりも、よっぽど、しどろもどろになっており、心の中で、コキおろす。「バカが。俺は、お前と違って、やりゃあできんだよ。なにがピンサロに行こう、だ。メイド相手にもろくに喋れねぇクセして」とあざ笑う。そう、彼は最初、メイドではなく、ピンサロを提案したのだ。avgleしか見たことがないクセに、言うことだけは一丁前である。

 

 

 

映画の話になった際に、「凶悪」という映画が好きだと、そのお姉さんは言った。つかさず、「じゃあ、冷たい熱帯魚も好きですか」と聞く。お姉さんは食い気味に、「好き」と言う。この日一番、お姉さんの声が張っていた。初めて映画を見ていてよかったと思った。

 

 

 

優しく綺麗なお姉さんとの会話は、本当に楽しく、あっという間に終わりの時間がきた。ワンドリンク700円には駭魄(がいはく)したが、その割にはオムライス900円と言うのは、なんだか安く感じてしまう錯覚。お姉さんが、オムライスに、ケチャップで書いてくれたピカチュウが、なんだか、その一生懸命に書いてくれている姿が、本当に感動的であった。俺や笹尾くんのような男でも、金を払えば女の人が相手をしてくれると言う、ある種禁断の、「遊び」を覚えてしまった。これは、下手をすると、泥沼にどっぽりとハマりかねない、危険な匂いがする。

 

 

 

そのあと、「空白」という重っ苦しい日本映画をみた。メイド喫茶からの、あまりのシリアスさに、心が忙しかったが、まぁ、それなりに良い映画だった。エンドロールで嗚咽を漏らしている客がいて、うん、まぁ、泣こうと思えば泣けるなぁと思ったが、笹尾くんいる手前もあり、我慢をした。

 

 

 

 

久しぶりの良い休日であった。はるばる来て、誘ってくれて有り難う。元気で。